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たられば書店 (仮称) 開業日誌

大阪・守口市に「まちの本屋」(たられば書店[仮称])を開こうとする試み

すべからく、こと、山本大介と申します。
大阪府・守口市近辺で本屋を開業しようと思っています。(今のところ)屋号は「たられば書店」。
日頃忘れてしまいがち/あきらめてしまいがちなこと、「もし、…し『たら』/きっと、…す『れば』」を叶えられそうな場所をつくりたいと思っています。

普段は4才の男の子の父親であり、現役「主夫」です。

いま、どんな本屋が求められているのか? ぼくはどんな本屋がしたいのか?
書店業にはほぼ就いたことのない、ずぶの素人ですが、そんなぼくが考え、実行する記録です。
※2014年12月以降、ずいぶん更新停止していましたが、再開しました。(2016.2.25~)

にちじょうごともちらほら書いています。にちじょうと本(屋)は地続きだと信じているので。



「やりたいこと」よりも、「なりたい感じのイメージ」を持て

 昨日は、ちょっと何もかもに疲れて、一日中ふて寝。開業日誌の更新もお休みした。
 そんななか、台風19号は、上空を通過。大阪は大きな被害が出ず(と思う)。

 今朝、8時前、妻と息子が出かけるときに、起こされて起床。寝過ぎで頭がボンヤリ。
 内沼晋太郎『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』(2009年・朝日新聞出版)読了。
 この本は、まだ内沼さんが、B&Bを開業する前に書いた本だ。そして、このころから、すでに内沼さんは、「街の本屋」イメージについて、こんなことを書いている。

 独立系書店や異業種のブックコーナーは、従来型の大きな本屋や、自分の家の近くにある小さな本屋に満足している人のものではない。そういう本屋に何らかの物足りなさや居心地の悪さを感じているか、もしくはそもそもそういう本屋に普段行くことのない人に向けたものである。そこには何らかのメッセージや、ひとつの共有したいテーマ、あるいは一種の空気感や雰囲気のようなものがあり、扱われる本の量が大きな書店と比べるととても少ないぶん、なるべく共感する人が集まる場になるように、そのメッセージに沿って本が揃えられる。そこはたまたま存在する、ひとつの本の世界への入り口にすぎない。その入り口を通過した結果、大型書店で自分で本を探したくなる人もいるだろう。
 そういった場所がある種の人たちにとって「気に入らない」ものになってしまうのは、その「伝えたい」メッセージと実際の棚と、その人自身の趣向とが合致していないからである。(中略)なんとなくイメージで「気に入らない」棚をひと括りにして否定するようなことをするのは、ちょっとどうかと思う。本はあなたたちだけのものではないのだ

 「本はあなたたちだけのものではないのだ」という文章にひどくガツンとやられた。
 ぼくは、以前から、いわゆる「セレクト書店」否定派であったのだけど、たしかに、ぼくが否定していたのは、そういう書店の「その『伝えたい』メッセージと実際の棚と、その人自身の趣向とが合致していないから」であり、そういう書店のセレクトは、たいていぼくにとって「カッコつけやがって」と思われ、ぼくの「にちじょう」からは遠く離れていただけで、より「にちじょう」に基づいたセレクトであれば、ぼくは否定はしなかったであろうし、ぼくが間違っていたのは、それですべての「セレクト書店」を否定しようとしたところにある。そしてまた、ぼくには合致しない棚も、ほかの誰かに合致していれば、それは本を愛する人間、いろんな人と本について話したいぼくにとっては、好ましい出来事であるはずなのに、浅はかにも、「セレクト書店」=本マニアだと勘違いしていた。勘違いしていたぼくの方こそ、否むべき「本マニア」の末端にいたのかもしれない。「本はぼくだけのものではないのだ」、と同時に「本はぼくだけのものでもあるのだ」とも思う。

 また、内沼さんは、「ぼくは初めて、いつか自分の書店をやりたいかもしれない、と思った」と書き、こう続ける。

 もちろん、簡単なことではないのはわかっている。きちんとそれで食べていかなければならないのだから、「そうやってきたからそうでもない」と言い切るのは並大抵のことではない。ぼくのこの文章を読んだら、彼らは「やめといたほうがいいよ」と言うかもしれない。ぼくだってまだまだ、よくわからない。ただ、書店でないということの可能性よりも、書店であるということの可能性のほうが、ひょっとしたら大きく、面白いかもしれない、と感じてしまったのだ。

 そうして、B&Bが生まれたのだろう。

 この本は、本の未来を考えるとともに、「仕事の未来」を考える本にもなっている。本書でも触れられているように、レイモンド・マンゴー『就職しないで生きるには』や西村佳哲自分の仕事をつくる (ちくま文庫)』でも言及されてきた、これからの「しごと」のあり方を追及している。
 そこで、内沼さんは、

「やりたいこと」よりも、「なりたい感じのイメージ」を持て。

 と言う。
 そうなのだ、ぼくにはとくに「やりたいこと」なんてない。ただ「本屋になりたい」というイメージはある。
 イメージだから、どんどん否定的な事柄が起きると、凹みに凹む。「もうなんでこんなことやってるんだろう?」とか、本気で思い直すこともある。「ほんとうに本屋なんてやりたいのか?」、「ただ、やることがないからやりたいと思おうとしてるだけじゃないのか?」なんて。
 でも、実際そうなのだと思う。「他にやること、やりたいことがない」のだ。そんな中途半端な気持ちで開業できるのかどうか、じぶん自身のことながら、すごく立ち位置があやふやで心配になる。家族がいなければ、もっと気楽なのに、とも思う反面、家族(とくに息子)がいるから、このことを決心したのだから、と思い直す。行ったり来たり。本屋開業のメソッドがもっと確立していればいいのに、と思う反面、メソッドがない(知らないだけかも)からこそ、楽しいのだと思い直す。これまた行ったり来たり。

本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本

本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本

 午前中、取次B社のNさん宛てに、たられば書店のコンセプトらしきものと、「古民家」の写真をメールで送信。B社とどうか取引できるようにしたい。なんとかしたい。できることならなんでもしたい。他の取次にまた連絡して、説明して…、という気力が、今はない。B社で決めたい。それだけの気持ち一心で送信ボタンを押す。
 夕方、先日、説明会に参加した「梅田 蔦屋書店」の採用担当者より、リクナビNEXTを通じて、不採用通知が届く。
 その通知を読んで、じぶんが、かなり「梅田 蔦屋書店」の採用に賭けていたことを痛感する。サラリーマン生活への道が途絶えたような気持ちになり凹み、且つ、これで、もう、本腰入れて「たられば書店」の開業に向けて進んでいかないと、と気持ちを新たにする。
 そうしたら、少し気持ちが引き締まって、「たられば書店」用の名刺(まだ開業もしていないのに)をIllustratorで作成したりした。

 『本屋図鑑』を再読。
 前回読んだとき*1は、去年(2013)の7月。
 ぼくは「そうだ、ぼくは、やりたいのだ、やります。」とブログに書き残しているけれど、まだ「たられば書店」に対して具体的ではなかった。あれから、1年以上経って、何かしら具体的に書店開業に向けて動きつつある今、『本屋図鑑』を読み直すと、いろいろと読後感が変わっていることに気づいた。
 得地直美さんの各本屋のイラストに、「たられば書店」の方向性を見たり。そして、各本屋さんの紹介文を読んで、「たられば書店」ならどんなふうに紹介してもらえるだろうと夢想したり。

本屋図鑑

本屋図鑑

 陽が落ちつつあって、寒いぐらいの夕暮れ、息子を迎えにS保育所へ。
 教室に入るなり、息子は「妖怪ウォッチ」の「ひも爺」の塗り絵を見せてくれる。それから、万代(スーパー)へ買い物に行き、郵便局へ妻の給料を入金、さらに、先日請求した、息子のかんぽ保険(入院・手術保障)が入金しているかどうかを確かめるための通帳記入。
 真っ暗になった空の下、北斗町児童遊園で、息子としばし遊んで、帰宅。夕食をつくっている間、息子は録画していた「アンパンマン」を見ていた。夕食が出来上がって、ちょうど食べ始めようかという頃、妻、帰宅。3人で食事。
 妻、「肩が痛い」「疲れた」と連呼。眠るとき、肩を揉んであげたら、「こそばゆい」「痛い」と悶絶。

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