店主のいない火曜日 ~「誠光社」へ~
追記
まず、追記。
2/26に書いたblackbird booksさんへの訪問記の最後に、
blackbird booksを後にし、イオン南千里店に寄って買い物した帰りの車中で、どういう展開からそういう話になったのかは忘れてしまったけれど、初めて息子に「お父さん、絵本屋さんになりたいねんけど、どう思う?」と訊いた。
息子への告白 ~「blackbird books」へ~ - たられば書店 (仮称) 開業日誌
と、書いて、その後に、息子との会話を覚えている範囲で書き留めた。
きょう、iPhoneの動画を整理していたら、奇跡的にそのときの会話が残っていた。
「覚えている範囲で」と断ったものの、そこに書き留めた会話の内容とはかなり違うことが判明…。
「お父さん、何になってほしい?」と訊いたら、五部林は最初「警察官」と言っていた。そして、より深く訊くと、2/26に書いたように「宅配便の運転手(トラックの運転手)になって、(じぶんが)お父さんの横に座って、荷物を運ぶのを手伝いたい」と言っていて、その流れから、ぼくが「絵本屋*1になること」を、たしかに息子は認めてくれている。ただ、この会話より、少し前、たしか同じような会話をしてて、2/26に書いたようなことを息子は言ってくれていたと思う。
息子との会話のこの動画には、編集時にあえて「テロップ」は付けなかった。息子の声に(聞き取りづらいですが)耳を澄ましていただきたい。ぼくも聞く度に澄ましている。車のなかの、運転席と後部座席(運転席の後ろ)の会話。車のなかの会話っていうのは、それ以外の場所じゃできない会話というものが、ときどき行われる。運転席と助手席でもそうだ。お互い進行方向を向いて、目を合わさず、それでも不自然ではなく会話が成立する不思議な場所だ。
■ まずは、恵文社一乗寺店について
きょうは、ちょうど1週間前(2/23)に訪れた「誠光社」について、書いてみようと思う。
言わずと知れた、恵文社一乗寺店の堀部篤史さんが、2002年から務めてきた恵文社を退社し、去年(2015年)11月25日にオープンした新刊書店である。
「誠光社」についての一般的なレポートや感想を書くのは、止めておく。去年の11月以来、あらゆるメディアにその記事が掲載されているし、ぼくが、その記者やレビュアーよりも、良い文書が書けるとは思えない。ただ1点、堀部さんが「誠光社について」という文章のなかで書かれていた、
本屋の話はもうやめにして、本屋をはじめてみよう。
というところが、「誠光社」の(今のところの)すべてだとぼくは思う。
ぼくは、恵文社一乗寺店が好きではなかった。いや「好きすぎて好きではなかった」と言う方が適切かもしれない。その辺りのことは、別に書いているブログ(放置中)に少し書いた。ぼくが、初めて恵文社一乗寺店を訪れたのは、1995年前後だったと思う。まだ恵文社一乗寺店が恵文社一乗寺店という今のブランドを獲得する前だった。大学に通うため、神奈川に住んでいたぼくは、大阪の実家に帰省する度に訪れていた。でも、おそらく、堀部さんが店長になられた頃と時を同じくして(ぼくが就職したころ2000年前後だ)、そしてネットの普及とともに、パソコンの画面で恵文社一乗寺店の記事を目にする度、ぼくは、恵文社一乗寺店には行かなくなった。
ぼくは、一度、堀部さんに、お店(恵文社一乗寺店)やイベント以外でお会いしたことがある。
2008年8月9日、ぼくの友人・Eくんと、恵文社一乗寺店で働いていた女性の結婚披露宴の三次会の席だった(こちらも別に書いていたブログに書いてあった)。Eくん(←のブログではなぜかNさんと書いている)とは、その年の6月に会ったばかりで、それまでにまだ2回しか会ったことがなかったけれど、なぜか二次会に招待してもらい、ぼくも8月末に入籍、10月に結婚式を控えていたぼくは、最後の「羽根伸ばし」ということもあって、飲みに飲んで酔っ払った時点での、堀部さんとのお話だった。もちろん、話した内容を詳しくは覚えていないけれど、名刺交換をした後、その名刺を見て「ぼくは、恵文社、ちょっと気に食わないんですよね」的絡み方をしてしまったように思う(当然、後から猛省した)。
http://d.hatena.ne.jp/subekaraku/20080809d.hatena.ne.jp
そういったぼくの個人的「怨念」期がしばらくつづき、それでもなお、京都に行くことがあれば恵文社一乗寺店に立ち寄るようになったのは、息子が生まれて(2011年)からになると思う。ただ、それは年に数回あるかないかのことだった。ブログに書いたように、興味のあるイベントが行われたりすれば訪れていたし、一昨年、本屋開業を具体的に志しはじめてからも、「http://hunting.kotobayo.tv/event/%E6%81%B5%E6%96%87%E7%A4%BE%E4%B8%80%E4%B9%97%E5%AF%BA%E5%BA%97%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88%E3%80%8C%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%82%82%E5%8F%A4%E6%9C%AC%E5%B1%8B%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8C/」(2014/12/23)に参加したりしていた。ときを同じくして、堀部さんの書いた『街を変える小さな店 京都のはしっこ、個人店に学ぶこれからの商いのかたち。』は、とても興味深く読んだ(参照)。「街」というものを、堀部さんが考えている、思っていると、ぼくがわかってから、その「怨念」は薄らいだと言っていいかもしれない。
街を変える小さな店 京都のはしっこ、個人店に学ぶこれからの商いのかたち。
- 作者:堀部篤史
- 発売日: 2013/11/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
そして、その堀部さんが、街を意識し、「本屋の話はもうやめにして、本屋をはじめてみよう。」と宣言し、取次を通さない直取引の書店である「誠光社」を開店する、と知って、ぼくはもちろんときめいた。けれど、ぼくは、「誠光社」が開店した、2015年11月は、やっとまだ「日常に浮上してきた」ころで(参照)、その(きっと)華やいだお店に足を向ける自信は当時にはなかった。
■ Mさんとのお話
以上のような経緯があった末、先週、満を持して「誠光社」に行くことができた。
昼前まで家事をしていて、あまり時間はなかったけれど、「誠光社に行ってみたい」と思い、調べてみると、行って・お店でゆっくりして・帰ってきても、なんとか息子の保育所のお迎えの時間(17時前後)には戻ってこれそうだと思い、家を飛び出した。
お店に到着したのは、14時すぎだった。ぼくはてっきり、大通り(河原町通り)沿いにお店があると思っていたので、少し迷ってしまったけれど、河原町通りから1本入って、少し北に進んだところに、ひっそりと「誠光社」はあった。むかしながらの銭湯や、お地蔵さんなどがある通りだった。緊張しすぎて、なかなか店のなかに入れずに、周辺をウロウロ。すぐ近くの鴨川辺りまで戻ったりして。そして、意を決して、お店に入ると、レジにいたのは、堀部さんではなく、別の方だったので、なんとなく安心して(?)、棚をゆっくり見せてもらった。
「これが、直取引の棚かぁ…!」
というのが、第一印象。もうオープンして3ヶ月ほど経つのに、店内にはまだ新しい木の匂いが充満していた。「『可動棚』がけっこう大きい」、とも思ったのを覚えている。さらに「(平日の)この時間なのに、この場所なのに、やっぱりお客さんが3人もいる!」と驚いたのも覚えている。
店の棚をみて、いちばん最初に気になったのは、比留間幹『給水塔 比留間幹写真集』だった。
それからも、どんどんどんどん読みたい本が目に入った。何度も手にとっては戻し、手にとっては戻しを繰り返した。結局、ぼくは、『給水塔 比留間幹写真集』以外に、
・春日武彦『「キモさ」の解剖室 (よりみちパン! セ) (よりみちパン!セ)』(イースト・プレス)
・道草晴子『みちくさ日記 (torch comics)』(リイド社)
・村上潔『主婦と労働のもつれ―その争点と運動』(洛北出版)
・「& Premium (アンド プレミアム) 2016年 4月号 [雑誌]」
・落合恵×誠光社オリジナルポストカード(1枚)
を、レジに持って行った。
レジにクレジットカードの表示がしてあったので、「カードで払えるんですか?」と訊いたら、「大丈夫ですよ」と、タブレットに何か機械が刺さっていたもの(後から「Square」のようなサービスがあると知る)を出されて、タブレットの画面にタッチペンでサインして、決済終了。
「すごい機器ですね」みたいなことをぼくは言い、「そうですよね(笑)」と返していただいたことから、「あ、この人となら、話できるかも」と思い、Mさん(後からお名前を聞いた)に「申し訳ありません、『主婦と労働のもつれ―その争点と運動』の扉に、誠光社さんのハンコを押していただけませんか?*2」と頼んだ。Mさんは「え、このハンコですか?」ともちろん驚かれ、「そうです、それです。念願の誠光社で買った、っていうことを覚えておきたいんです」とぼくが言うと、「(笑)…、でもなんで、この本なんですか?」と言われたので、「なんとなく、京都っぽい、というか、きょう買ったなかでは、いちばん誠光社さんっぽい本かな、って(笑)」と答えた。「そういえば、この村上さん、さっきまでお店にいらしてたんですよ」と、Mさんが教えてくれた。著者と近い書店、そういうのも、やはりいいな、と思った。
「キモさ」の解剖室 (よりみちパン! セ) (よりみちパン!セ)
- 作者:春日 武彦
- 発売日: 2014/05/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 作者:道草晴子
- 発売日: 2015/10/09
- メディア: コミック
- 作者:村上 潔
- 発売日: 2012/05/01
- メディア: 単行本
& Premium (アンド プレミアム) 2016年 4月号 [雑誌]
- 発売日: 2016/02/20
- メディア: 雑誌
そして、レジには、コーヒーやビール、ジュースも飲めるという表示がしてあったので、オリジナルブレンドを1杯淹れていただいた。
紙コップに、例のスターバックスなどでよくある「飲み口」の付いたキャップをされたので、「ぼく、この飲み口、すごく苦手なんですよね、急に熱いの(コーヒー)が、ドバッて口の中にきませんか?」とMさんに言うと、「(笑)そうですよね、でも、この『飲み口』はちょっと違うんで、ぜひそのまま飲んでみてください」と言われたので、「え、そうなんですか?」と驚いて、実際に飲むと、たしかに、スタバなどのものとは違うが「ドバッと」きたので吹き出して、ふたりで大笑い。「いいです、いいです、それ取って、飲んで下さい」とMさん。
それから、コーヒー片手に、Mさんとゆっくりお話させてもらった。
堀部さんは火曜日がお休みだということ、特徴的だった「可動棚」が実はオープン当日に運ばれてきたものの、玄関から入らなくて苦労したこと、このお店はもともと古い民家で、堀部さんはお店の2Fにお住まいなのだけど、水周り(トイレ、お風呂など)が1Fにあったが、堀部さんの奧さんの反対に遭い、2Fにつくり直してもらったこと(トイレは1Fにもある)、雑誌以外は、取次を通さない直取引なので、出版社ごとに注文するためスリップ管理がなかなか大変なこと、古本も新刊と同じように棚に並べられてあり、それは堀部さんが足を伸ばして各地の古本屋さんに通ったりしていること、そして、ぼくが、大阪・守口(同じ京阪電車沿線ということで)に古本屋を開こうと思っていることや、以前、堀部さんと一度だけお酒の席でお会いし、とても失礼な態度をとったことがあることなど、いろいろと話させてもらった。
■ 街とのつながり
その後、写真撮影の許可をもらい、他のお客さんの迷惑にならないように気をつけながら、再度、店内を散策。
そのとき、ぼくが気になったのは、↑の、自然光が刺している箇所で、「これはとてもいい」と思った。誠光社のお店は、東に玄関、西の奥のレジ横に大きな窓があり、とても光が溢れていたのだけど、店の中央の棚の上に、その小さな自然光の入り口があって、それは決して採光のため、というわけではなく、ぼくにはなんだか、それが誠光社を象徴する箇所のようにも思えた。いつか、じぶんのお店をもつときにも、自然光の取り入れ方には配慮したいな、そんなふうに思った。
「いつか、じぶんのお店をもつとき」という視点でいうと、誠光社に行って思ったのは、最近の新しい書店(新・古問わず)は、木(それも、見た目が白い合板のような)の棚を使っているところが多い。先日訪れた「居留守文庫」にしても、「一色文庫」にしてもそうだった。そして、ぼくも、木の棚にはしたいと思って、以前の工務店との打ち合わせでは、そういう話もしていた。ただ、ぼくは、白い棚は、あまり本向きじゃないんじゃないか、と思っている。もう少し、暗い色の方が、本の味を出せるんじゃないか、と。
その辺りのことは、単に好みかもしれないが、もしかするときちんと理由があるかもしれないので、またお聞きしたいと思った。
店内の写真を撮り終え、改めて、店の外に出た。
店の外で、いちばん気に入った場所が、この投稿のいちばん上↑に貼り付けた、ポストの写真だ。これも、また「街」を意識して、「街」とつながっているために残した、そんなふうなメッセージのように思えた。
再度、店のなかに戻ってくると、一際ぼくを呼んでいる本があった。山川方夫『親しい友人たち (山川方夫ミステリ傑作選) (創元推理文庫)』だった。
すっかり新刊情報には疎くなっているぼくだったけど、大好きな山川方夫の本まで知らなくなっていたことに、じぶんで愕然とした。そして、再度、レジに持って行き、Mさんに「これも、ください」と、今度は現金で支払い、そしてMさんにお礼を言い、「火曜日が、堀部さん、お休みなんですよね、じゃあ、また火曜日に来ます(笑)」と言って、誠光社を後にした。
帰り道、ぼくは、駅まで歩きながら、京都の地理は、ほとんどわからないけれど、堀部さんが、なぜこの地域に出店したのか? ということが、気になった。駅(京阪・神宮丸太町駅)からは、鴨川を渡ってすぐとほど近い、でも、各駅停車しか停まらない駅。恵文社一乗寺店に比べれば、もちろん繁華街には近いが、上京区中町通は、それほど人通りが多い地域でもない(もちろん、だからこそ素晴らしいのだけど)、京都御所が近い。サークルKサンクスがあった。タイ料理屋もあった。入ってみたい喫茶店もあった。「…でも?」、という感じなのだ。
親しい友人たち (山川方夫ミステリ傑作選) (創元推理文庫)
- 作者:山川 方夫
- 発売日: 2015/09/30
- メディア: 文庫
鴨川を渡っていると、ふと「古書善行堂」に寄りたくなった。
一昨年の11月(参照)、行っていない。そのとき、山本善行さんに「実は、今度、守口で本屋を開きたいと思っているんです」とご挨拶したものの、その後、一切ご連絡もしていない。そのときのぼくの挨拶に「モリグチ!」と反応してくれ、どうやら、善行さん、我が守口にも長く住まわれ、今はなき府立守口高校出身(ひとつ後輩が、岡崎武志さん)で、何か少し縁のようなものを感じたのに、ほんとに非礼を続けていた。その、「古書善行堂」に行ってみたいと思って、iPhoneで場所を検索しようとホームページを開くと、「定休日」だった。残念。またの機会に。
■ 「セレクトこれでもか」
ぼくは、その日、誠光社で、生まれて初めて「直取引の棚」を見た。
堀部さんや、その他スタッフのみなさんの努力の結果もあってか、その棚は、もちろん、他の書店と比べて、まったく遜色なかった。少し、コミックの冊数が限られていたかもしれないが、それは「故意に」かもしれない。そして、大変エラそうに、上から目線で言わせていただくのなら、恵文社一乗寺店の棚より、ずっとぼくは好きだった。「直取引」という、ある種の「箍(たが)」があるためか、恵文社一乗寺店の棚に感じる「これでもか、これでもか、これでもまだ足りないか!」という威圧感がなかった。言うまでもなく、恵文社一乗寺店の棚の「これでもか」は、他の大型書店の棚の「これでもか」ではない。いわば「セレクトこれでもか」の威圧感だ。その「セレクトこれでもか」の威圧感は、恵文社一乗寺店だけではなく、ここ10年ぐらいに開店した新しい本屋に入ると感じることがよくある。それにマイッてしまって、1冊も触手が延びない、ということが、ぼくには多い。たしかに、そのセレクトはおもしろいし、興味深いのだけど、人は毎食五つ星レストランで食事するわけにはいかない。コンビニ弁当がたまに食べたくなるように、コンビニの本棚が恋しくなるときもある。
いつか、もう少し時間が経って、もう少しぼくの「たられば書店」の開店準備が整ったころ、堀部さんのいる火曜日以外の日に、誠光社を訪れてみたい。
本屋の話はもうやめにして、本屋をはじめてみよう。
そう、本屋をはじめる話ができるようになったときに。
当日は、お忙しいところ、お話をしてくださったMさん、ありがとうございます。「ひみつのニューヨークのお菓子」、おいしかったです。ごちそうさまでした。
以下、facebookの「アルバム」に写真をUPしました。↑に貼り付けた写真と、ほぼ同じですが、まだまだたくさん撮影させてもらったので、もし良ければ、見てください。
素人が撮った写真なので、他のメディアでは決して載せ(られ)ない誠光社の一部が写っているかもしれません。
念願の誠光社 http://www.seikosha-books.com/ へ行ってきました。店番をされていたMさんとゆっくりお話させていただきました。
Posted by 山本 大介 on 2016年2月23日
きょうのタイトルは井狩春男『返品のない月曜日―ボクの取次日記 (1985年) (ちくまぶっくす〈61〉)』からヒントを得ました。
*1:『絵本屋』というのは、息子にとっての「本屋」の総称。ぼくは、とくに「絵本」に限った本屋を開きたいと思っているわけではない
*2:ぼくは、以前から、「書店の店名印を押してもらう」習慣があって、今でも大切にしているのが、三重・熊野市の書店で買った中上健次『枯木灘 (河出文庫)』だ